大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和62年(行ウ)33号 判決 1989年11月14日

東京都港区浜松町一丁目三番八号

原告

辻商事株式会社

右代表者代表取締役

辻絹子

右訴訟代理人弁護士

小川信明

友野喜一

鯉沼聡

東京都港区芝五-八-一

被告

芝税務署長

長原雄介

右指定代理人

田口紀子

白井成彦

遠藤家弘

羽柴宗一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告に対し、昭和五九年一二月二六日付けでした、昭和五八年一月一日から同年一二月三一日迄の事業年度の法人税の更正処分のうち、所得金額四四万八四五八円を超える部分、課税留保金額一億八一一三万二〇〇〇円、及び納付すべき税額一三万四四〇〇円を超える部分並びに過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件課税処分の経過

原告は、不動産賃貸業を営む同族会社であるが、昭和五八年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税について、原告のした確定申告、これに対する被告の更正処分(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件決定」という。)、これに対する原告の不服申立ての経緯は、別表1記載のとおりである。

2  しかし、被告のした本件更正には原告の所得を過大に認定した違法がある。

よって、原告は、本件更正及び右の前提にした本件決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2は争う。

三  被告の主張

本件事業年度の所得金額は、一二億六三〇八万七六二二円、右に対する法人税額は五億五八八三万六一〇〇円となり、その内訳及び算出根拠は、別表2記載のとおりであり、その範囲内でなされた本件更正は適法であり、本件更正を前提とした本件決定もまた適法である。

1  所得金額の内訳

(一) 申告所得金額 四四万八四五八円

右金額は、原告が昭和五九年二月二九日付けで被告に対してした本件事業年度の法人税確定申告に係わる所得金額である。

(二) 固定資産譲渡益計上漏れ

一二億六二六三万九一六四円

(1) 原告は、昭和五八年七月一九日、株式会社亀井総業(以下「亀井総業」という。)との間において、その所有に係わる東京都港区浜松町一丁目一二五番九号所在の宅地二〇三・二〇平方メートル及び同所所在の建物(店舗事務所。鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付七階建、床面積合計一二八一・九六平方メートル(以下、右土地建物を併せて「本件物件」という。))を、代金一三億円で売渡す旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

(2) ところが、原告は、本件事業年度の申告所得金額に本件物件の譲渡益を別表3のとおり算定し、原告の本件事業年度の所得金額に加算したものである。

(3) ところで、固定資産税の譲渡による収益をいつの事業年度の収益として計上すべきかについては、法人税法上、益金(収益)及び損金の額は、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されることとされており(法人税二二条四項)、企業会計処理において、収益の計上は、特別な事情のない限り、権利確定主義(又は権利発生主義)により行われるのが公正妥当と解されているところである。

そこで、法人税法の取扱いにおいても、法人税基本通達二-一-一四は権利確定主義を前提として、固定資産の譲渡による収益の額は、原則として、その引渡しがあった日の属する事業年度の益金の額に算入することとしているが、右引渡基準を採用することとした理由は、引渡によって当該資産に対する実質的支配が相手方に移転し、これによって売買代金を相手方に請求できることが確定的になるなど、その経済的収益が担税力を認め得る程度に支配享受されていると認められるからである。したがって、右にいう引渡しとは、実質的にその資産に対する支配関係の変動があった場合をいうものと解するのが相当であり、登記関係書類の交付、代金の支払、使用収益、所有権移転登記手続の時期等を総合勘案して判断するのが妥当であると解される。

(4) これを本件についてみるに、以下の事実が認められれ、これらの事実に照らせば、昭和五八年八月九日をもって本件物件に対する実質的支配権が原告から亀井総業に移転し、かつ原告が売買代金に係わる経済的利益を確定的に享受したことが明らかであるから、本件売買契約による譲渡益は、本件事業年度の所得金額に計上されるべきである。

<1> 原告と亀井総業とは、昭和五八年七月一九日の本件売買契約の締結時において、右契約に基づく、所有権移転登記申請手続を同年八月二日から八日までの間に行うものとし、右登記申請完了と同時に亀井総業が原告に売買代金を支払うこととした。

<2> 原告は、同年八月九日、亀井総業に対し、本件文献の登記済証(権利証)、原告代表者の印鑑証明書、原告の商業登記簿謄本、所有権移転登記申請手続の委任状等の本件物件の所有権移転登記に必要な関係書類を交付した。

<3> 原告は、右同日、亀井総業から、売買代金一三億円のうち一〇億円につき、横浜銀行渋谷支店長振出しの小切手により受領し、もって、支払を受けた。

<4> 亀井総業は、原告から、原告が千代田トレーデイング株式会社(以下「千代田トレーデイング」という。)のために物上保証人として本件物件に設定していた根抵当権につき三億円以内の金額で抹消する交渉の一切を委任されたので、右の委任に基づき、根抵当権者である東都信用組合恵比寿支店及び第一相互銀行恵比寿支店と交渉した結果、抹消のための資金として、売買代金一三億円のうち三億円を、原告に支払ったうえでこれを預かる形式をとり、右同日、千代田トレーデイングに支払い、同社から、根抵当権者である東都信用組合恵比寿支店に二億円が、同じく第一相互銀行恵比寿支店に一億円が、それぞれ支払われた。

<5> 本件物件の右根抵当権は、同日付けで抹消の登記がなされた。

<6> 本件物件は、同月八日、亀井総業から株式会社ライブ(以下「ライブ」という。)に転売され、同月九日、登記原因を売買、所有者をライブとする中間省略による所有権移転登記がなされた。

<7> 原告は、同月九日、本件物件の借家人保証金預り金二三五四万円を亀井総業を通じてライブに引き継ぐと共に、原告取締役辻豊治と亀井総業の代表取締役亀井立也が、管理人らに対し、本件物件の所有者が変更になったことを告げ、引き継ぎのあいさつ回りをした。

2  法人税額について

(一) 所得金額に対する法人税額

五億二九五三万六五四〇円

原告の本件事業年度の所得金額は、前記1のとおりとなるから、国税通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満の端数金額を切り捨てた金額一二億六三〇八万七〇〇〇円に、法人税法六六条一項及び二項に規定する税率を乗じて計算すると、右所得金額に対する法人税額は五億二九五三万六五四〇円となる。

(二) 課税留保金額 一億八一一三万二〇〇〇円

原告は、法人税法二条一〇号に規定する同族会社に該当するから、同法六七条一項の規定により保留金額に対して法人税が課税されることとなる。

そこで、本件事業年度の所得金額のうち、留保された金額一二億六一九三万六七四〇円(申告に係る欠損金額七〇万二四二四円に前記固定資産譲渡益計上漏れを加算したもの)を基礎として、課税留保金額は一億八一一三万二〇〇〇円となる。

(三) 課税留保金額に対する法人税額

二九七二万六四〇〇円

課税留保金額一億八一一三万二〇〇〇円に対する法人税額は、法人税法六七条に規定により計算すると二九七二万六四〇〇円となる。

(四) 所得税額の控除額 四二万六七八二円

原告の本件事業年度分の法人税額確定申告書に記載されている所得税額の控除額である。

(五) 差引合計法人税額 五億五八八三万六一〇〇円

右(一)の所得金額に対する法人税額五億二九五三万六五四〇円に、右(三)の課税留保金額に対する法人税額二九七二万六四〇〇円を加算し、更に右(四)の所得金額の控除額四二万六七八二円を控除した金額(国税通則法一一九条一項の規定により一〇〇円未満の端数金額を切捨て)である。

3  本件決定について

被告は、本件更正をしたことに伴い、国税通則法六五条一項の規定に基づき、本件更正により納付すべき法人税額五億五九一二万円(前記差引合計法人税額に申告に係わる還付金額二九万二三八二円を加算した額。なお、国税通則法一一八条三項の規定により一万円未満の端数金額を切捨て)に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額二七九五万六〇〇〇円を過少申告加算税として賦課決定したものであるから、本件決定もまた適法である。

四  被告の主張に対する認否及び原告の反論

1  被告の主張の冒頭部分は争う。

同1(一)は認める。

同1(二)の(1)は認める。ただし、本件契約は、後記のとおりの条件付きであった。

(2)のうち、原告が本件事業年度の申告所得金額に本件物件の譲渡益を計上していなかったこと及び別表3の2ないし4の各項目記載の事実は認め、その余の項目は否認する。

(3)のうち、法人税法基本通達に、被告主張の規定がなされていることは認める。

(4)のうち、冒頭部分は争う。

<1>は否認する。

<2>のうち、当該日に、印鑑証明書、商業登記簿謄本を交付したことは認め、その余は否認する。

<3>のうち、一〇億円を受領したことは認めるが、その余は否認する。亀井総業から交付された一〇億円は、原告が本件契約の売買代金として受領したものではなく、四億九〇〇〇万円は予約金、五億一〇〇〇万円んは仮受金として受領したものである。

<4>のうち、亀井総業に対し、根抵当権の抹消交渉を委任したことは認めるが、売買代金一三億円のうちの三億円が亀井総業から千代田トレーデイングに支払われ、同社から根抵当権者である東都信用組合恵比寿支店に一億円がそれぞれ支払われたことは知らず、その余は否認する。まず、千代田トレーデイングの債務額がいくらあるかの報告を求めており、ただちに三億円で抹消することを依頼した事実はない。

仮に、原告が、右三億円を売買代金として受領し、これをもって物上保証人として千代田トレーデイングの抵当権者に弁済したものであるとしても、千代田トレーデイングにおいて、右三億円についての原告からの求償権に基づく支払請求に対し、これを前面的に争っているもので、したがって、現段階において、原告が三億円について確定的利益を収受していないというべきである。

<5>は、認める。

<6>のうち、ライブに転売されたことは否認し、その余は認める。

<7>は否認する。

2  同2の(一)は争う。(二)のうち、前段は認め、この余は否認する。

(三)は争う。(四)は認める。(五)は争う。

3  同3は争う。

五  原告の反論

1  本件売買契約の内容

本件物件に係わる本件売買契約は、原告が、原告といわゆる同族会社の関係にあり、多額の債務を抱えて経営上困難な状況にあった辻木工株式会社(以下「辻木工」という。)を再建させるため、辻木工が原告を吸収合併した後にこれを売却して、その利益を辻木工に吸収させることを絶対条件としてなされたものであり、したがって、本件契約は、原告が辻木工に吸収合併された後に、本件物件の引渡し、所有権移転登記及び売買代金の支払を行う旨の条件付きであり、原告と亀井総業とは、右合併後の決済以前に亀井総業が売買代金の全部または一部に充当すべき金員を支払った場合には、原告は四億九千万円を予約金として、その余は仮受金として受領することとし、ただし、相当額の金員が支払われたときは、原告は、亀井総業に対し、所有権移転請求権登記手続を行い、代金全額に相当する金員の支払いがなされたときには、原告は所有権移転登記手続に必要な書類を預け、亀井総業は前記合併後の決済日までこれを保管する旨の合意をしたものである。

そして、昭和五八年八月九日、原告は、亀井総業が一〇億円の支払いをしたので、四億九〇〇〇万円を予約金、五億一〇〇〇万円を仮受金として受領し、仮登記のために白紙委任状を交付したところ、亀井総業は、右委任状を冒用し、所有権移転登記の申請に用いたものである。

なお、右の事実は、平成元年二月二三日、原告がライブ等を被告として提起した別件の民事訴訟(東京地方裁判所昭和五八年〇第一二二九号)において成立した裁判上の和解において、原告と、補助参加人亀井総業との間で、確認され、原告と亀井総業とは、前記裁判上の和解に基づき、本件物件の引渡しを、右和解が成立した後である平成元年二月二八日以降に行った。

以上によれば、本件物件の譲渡益は、本件事業年度に帰属すべきものではないことが明らかである。

2  仮に、原告が、前記裁判上の和解において、本件売買契約の内容を、前記四で主張したとおり、新たに変更したものであるとしても、昭和五八年に遡って課税関係を修正すべきものである。

六  原告の反論に対する認否

1  原告の反論1のうち、別件の民事訴訟で裁判上の和解が成立したことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2の主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中に書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(本件課税処分の経緯)及び本件事業年度の原告の申告所得金額については、当事者間に争いがなく、被告の主張1(六)(1)記載のとおり、原告及び亀井総業間に昭和五八年七月一九日に本件売買契約が成立したこと、原告が本件事業年度の申告所得金額に本件物件の譲渡益を計上していなかったこと及び別表3のうち2ないし4の各項目記載の事実も、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件更正及び本件決定が適法であるかどうかは、本件売買契約にかかる本件物件の譲渡益が本件事業年度に計上されるべきものであるかどうか及び本件物件の売買代金全額を収益に計上できるかどうかの点にかかっているので、以下、これらの点について検討する。

1  原告が、昭和五八年八月九日、亀井総業に対し、原告代表者の印鑑証明書、原告の商業登記簿謄本を交付したこと、原告が亀井総業から一〇億円を受領したこと、本件物件につき、右同日、登記原因を売買、所有者をライブとする中間省略による所有権移転登記がなされたことは、いずれも、当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実に、成立に争いのない乙第二号証の一、二、第三号証、原本の存在及び成立とともに争いのない甲第七号証の二、第八、第九号証、乙第一号証、第四号証の一ないし五、第七、第八、第一三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第五号証、弁論の全趣旨により原本の存在及び成立が認められる乙第六号証の一、第九ないし第一二号証、第一四ないし第一六号証、原本の存在及び記名押印部分の成立は争いがないので文書全体につき真正に成立したものと推定すべき乙第六号証の二(原告は、記名押印部分を除くその余の部分について、作成当時白紙であった旨主張するが、これを窺うに足る証拠はない。)、原本の存在及び官公署作成部分の成立は争いがなく、その余の部分は弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第六号証の三を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告は、亀井総業との間において、本件物件の売却について折衝した結果、昭和五八年七月九日、本件物件の売買代金を一三億円とすること、本件物件の取引を同月二六日までに行い、原告において右物件に課されている担保を抹消し、亀井総業は代金を一括払にすることに合意したうえ、同月一九日契約書を作成し、もって、本件売買契約を締結したが、その後、原告において約定の同月二六日までに千代田トレーデイングを債務者とする根抵当権の抹消ができないこと等の理由により履行日を同年八月二日から八日までの間と変更する旨の合意をした。

(二)  原告は、その後も、前記根抵当権を抹消することができなかったことから、同年八月九日、亀井総業に対し、原告に代わって千代田トレーデイングの債権者である各根抵当権者と交渉のうえ極度額合計三億円を範囲内においてこれを抹消することを亀井総業に依頼してその承諾を得、同社からは、一〇億円を小切手により受領した。その際、原告は、税金対策のためとして、四億九〇〇〇万円を予約金、五億一〇〇〇万円を仮受金の各名目で、受領した旨の領収証を交付した。そして、原告は、亀井総業に対し、根抵当権設定登記の抹消登記申請に係わる書類及び本件物件の権利証、所有権移転登記申請に関する委任状等所有権移転登記申請のための必要書類を交付し、また、本件建物の鍵及び賃借人から預かっている保証金合計二三五四万円を引き渡した。

(三)  亀井総業は、前同日、右根抵当権である東都信用組合恵比寿支店及び第一相互銀行恵比寿支店と交渉し、それぞれ、極度額である二億円及び一億円で各根抵当権を抹消することの承諾を得たため、千代田トレーデイングを通じ、右各社に右金員の支払いをした。そして、右支払いと引換えに各根抵当権設定登記の抹消登記申請に関する書類を受領し、右各根抵当権設定登記を、同日付けで抹消した。

(四)  亀井総業は、同月八日、ライブとの間において、本件物件の売買契約を締結し、同月九日、本件物件につき原告からライブに対する、登記原因を売買とする所有権移転登記がなされた。

(五)  亀井総業は、右ライブとの売買契約の際の合意に基づき、同社に対する引渡期限までの間、本件物件の管理に当たり、同月一一日から同月一七日ころまでの間、本件建物を改装したうえ右建物内に自社の事務所を設置し、右建物に関する同月と9日以降のガス、電気代等を負担し、また、賃借人に対し貸料の請求をし、貸料を収受していた。

なお、亀井総業は、原告から、同月二二日、本件建物を売却したことを賃借人らに一、二か月の間は知らせずにいて欲しい旨の要請を受けていた。

(六)  原告は、昭和五八年一一月一七日、東京地方裁判所において、ライブを相手方として本件物件の処分禁止の仮処分を得たうえ、ライブ等の被告として、本件物件の所有権移転登記抹消手続等を求める訴えを東京地方裁判所に提起した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はなない。

3  これに対し、原告は、本件売買契約は、本件物件の譲渡益を原告と同族会社である辻木工に帰属させることによって同社の再建を図ることを企図したものであり、本件売買契約には同社が原告を吸収合併した後に本件物件の引渡し、代金の授受を行うという条件が付されていたこと、八月九日、原告は一〇億円のうち四億九〇〇〇万円を予約金、その余を仮受金として受領し、亀井総業に対し、所有権移転請求権保全の仮登記のための関係書類を交付したこと、ところが、亀井総業は、白紙委任状を冒用して無断で第三者であるライブに所有権移転登記をしたこと、すなわち、原告は、買主である亀井総業に対して本件物件の引渡しをしておらず、したがって、昭和五八年八月九日に売買代金を受領していないものであり、また、本件物件の実質的支配が原告から同社に移転したものではない旨を主張する。

そして、甲第一号証、甲第七号証の一、二、前記別件訴訟における辻豊治の証言調書である甲第三二号証の一ないし四、乙第七号証及び証人辻豊治の証言中には、原告所有の本件物件の売却は、辻木工の再建を図る目的から企図したものであり、したがって、本件売買契約は辻木工が原告を吸収合併した後に行うことが絶対的条件であって、亀井総業との間にその旨の合意があったこと、昭和五八年七月一九日の契約は原告と亀井総業間において締結されて仮契約であることなど、原告の主張に沿う内容の供述部分ないし記載部分があるが、これらは、前掲各証拠に照らし、到底措信することができず、他に右主張を裏付けるに足る証拠はない。

かえって、前記2冒頭に掲げる各証拠及び証人辻豊治の証言により原本の存在及び成立ともに認められる甲第五号証の一、原本の存在及び成立に争いのない甲第三一号証の一、二、第三二号証の一ないし四(いずれも後記措信しない部分を除く。)及び甲第六号証の存在によれば、原告は、本件物件の売却について相談した際、辻木工の顧問税理士から、売却は節税のため原告が辻木工に吸収合併されてから行って欲しい旨を依頼されたこと、同年七月一九日、本件売買契約書(乙第一号証)を作成した際、亀井総業は、原告から、辻木工の赤字補填及び税金対策の関係上、辻木工が同年一〇月末までに原告を吸収合併する予定であり、その都合上、契約の履行を合併後にするよう協力を要請され、また同年八月二日から八日までの間に受領する予定の代金のうち四億九〇〇〇万円については予約金、その余は仮受金との名目で領収書を出したい等を申し出られ、「願い事」と題する書面(甲第五号証の一)を受領したこと、これに対し、亀井総業は協力できることはする旨を述べたにとどまり、以前から合意に至っていた契約内容、すなわち、同年八月二日から八日までの間に売買代金を一括して支払い、所有権移転登記を行う旨の合意についてはこれを変更するに至らなかった事、その後、亀井総業は、同年八月中旬ころになって、前記税理士から、辻木工と原告との合併は昭和五九年二月ころになる予定であり、契約の内容をこれに沿って改めたい旨の申し入れを受け、その旨の契約書案(甲第六号証)を提示されたのに対し、これを拒絶したことが認められ、前記甲第三二号証の一ないし四のうち、右認定に反する記載部分は信用することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そして、右事実及び前記1の認定事実によれば、税金対策等の理由から、原告が辻木工に吸収合併された後に売却した形にすることを亀井総業に要請したことはあるが、原告は、右の合併の問題とは別に、亀井総業との間に本件契約の締結及びその履行を現実に進めていたものというべきであって、辻木工に吸収合併された後に契約を履行することが本件売買契約の内容になっていたと認めることは到底できないものといわざるを得ない。

なお、原告は、前記別件訴訟において、本件売買契約には原告が辻木工に吸収合併された後に所有権移転登記、物件引渡し及び代金の支払いを行うとの条件が付されていたことの確認、右条件が平成元年二月二三日に成就したものとみなすこととして、本件物件を、原告から亀井総業からライブの順で、連続して、速やかに各登記手続きを行い、簡易の引渡をする旨を含む裁判上の和解が成立したこと(右和解の成立は当事者間に争いがない。)をもって、原告の前記主張を裏付けるものと主張する。

しかし、当事者の譲歩により成立する裁判上の和解における合意内容が、過去の当該紛争当時の客観的事実と必ずしも一致するものではない事実(このことは当裁判所に顕著である。)に照らせば、右内容の条項を含む裁判上の和解の成立が、原告と亀井総業との間の本件売買契約の内容及び昭和五八年八月九日の履行状況に関する前記認定を左右するものではないことは明らかである。原告の主張は採用することができず、他に前記1の認定を左右するに足りる証拠はない。

3  以上の認定事実によれば、昭和五八年八月九日、原告及び亀井総業との間において、本件売買契約に基づき、代金一三億円の支払、所有権移転登記関係書類の交付及び建物の鍵の引渡し等が行われたのであるから、本件物件の譲渡益は全額本件事業年度の収益に帰属するものというべきである。

4  なお、原告は、原告及び亀井総業とが、本件物件の所有権移転時期は平成元年とする旨の、前記認定と異なる合意を含む前記裁判上の和解を成立させたものであるから、本件事業年度の課税関係を既往に遡って修正すべきことになる旨を主張する。

しかし、原告及び亀井総業との間において、前記認定と異なる内容の右合意を成立させても、前記認定のとおり、原告が昭和五八年八月九日に本件物件の引渡しをし、本件物件の売買代金として一三億円の支払いを受け、その利益を原告が享受している事実に変わりがないのであるから、本件事業年度の課税関係を既往に遡って修正すべきものではないというべきであって、原告の主張は採用することができない。

5  さらに、原告は、本件物件の十三億円の売買代金のうち、確定的に利益を享受しているのは一〇億円であり、その余の三億円につていは、未だ千代田トレーデイングが原告の求償に応じないで、かえってこれを争う姿勢を示しているから、これを確定的に享受したものとはいえず、右金額をも本件事業年度の収益に含めた本件更正は違法である旨を主張するが、右三億円は、前記認定のとおり、原告が担保権の抹消義務を履行するために売買代金の中から費消したものであって、物上保証人である原告と千代田トレーデイングとの間の求償関係に関わりなく、原告が右三億円の利益を既に享受していることは明らかといううべきであるから、原告の主張は理由がない。

三  よって、本件物件の譲渡益を全額本件事業年度に計上してされた本件更正及びこれを前提としてされた本件決定にはなんら違法はなく、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 穴戸達徳 裁判官 北澤晶 裁判官 三村晶子)

別表1

本件課税処分等の経緯

<省略>

別表2

<省略>

<省略>

別表3

(注) △は欠損金額を示す。

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例